開業当時の東戸塚駅周辺 街の変化 

開業した昭和55年(1980年)ごろの駅周辺を写した衝撃の映像です。

◆◆◆

まず最初に画像を提供して下さったKERIKOU91さんに感謝したいと思います。切符も含めてすべてKERIKOU91さんの所有物です。
KERIKOU91さんは当時川上北小学校の写真クラブに入っていて現像も自分でなさったそうです。ネガは行方不明とのことですがプリントをスキャナで取り込んで送って下さいました。
記事では頂いた画像を縮小して掲載していますが、画像の下の [オリジナル画像] のリンクをクリックするとKERIKOU91さんが送ってくださった画像をオリジナルのまま見ることができます。別ウインドウに表示します。表示に時間がかかるかもしれませんので容量を参考にしてください。

ではさっそくご案内します。


記念切符18K
 [オリジナル画像] 750x559 160KB
東戸塚の発展も駅があってこそ。
写真の前に特別画像、国鉄東戸塚駅開業記念切符をご紹介します。
開業日である昭和55年10月1日の日付の入場券2枚+イラストという構成。20年前って入場料100円だったんですね。なんかずいぶん高い気がします(20年前のわりには)。
さてイラストは確かに東戸塚駅であります。形は今と同じですね。
し、しかし絵のタッチがなんとも時代を感じさせます。なんというか昔のブリキのおもちゃの外箱のような…
でもじっと見ていたら近未来的デザインに見えてきた!(ほんまか?)


記念切符の裏面には東戸塚駅ができた経緯が記されています。
 東戸塚駅の構想は古く、明治20年の保土ヶ谷・戸塚駅開業時から両駅の中間に新駅が必要との意見がおこり、大正2年には武蔵駅という駅名も決定、国会審議の通過を待つばかりになりましたが、関東大震災のため実現しませんでした。
 しかし、昭和39年ごろから東海道線・横須賀線のラッシュ緩和と周辺の地域開発のため新駅の必要性が再び叫ばれはじめ、昭和55年10月1日に東戸塚駅として開業のはこびとなったものです。

<東戸塚駅の概要>
●設置位置
 横浜市戸塚区品濃町熊の下692地先
●駅間距離
 保土ヶ谷・東戸塚間 4.9km
 東戸塚・戸塚間 4.2km
●周辺人口 約156,000人
●駅舎 橋上本屋方式
 本屋 約1,200m2
 ホーム 最大巾10m 延長 320m

切符裏面8K
頂いた画像のサイズが非常に大きかったので640x464にリサイズしたものをアップロードしておきました。
 [640x464版] 32KB
以上原文のまま。
地元の期待の高さがうかがえます。
路線図は東戸塚駅と新川崎駅が新たに誕生したことを示しています。 表面の343+2=345の2とはこの2駅のことです。ちなみに横須賀線が品川・東京間の地下線路を走行するようになったのも、総武線快速に乗り入れるようになったのも同じ55年10月1日です。


ここからは写真です。
これはまだ駅建築中に東口の南側から撮った写真です。
この茂っているのはすすきだそうです。駅ができる前はこのあたりは一面すすきだったそうです。
ひとけのない線路沿いの草原で進むかっこいい駅舎の建設。ここに駅を造ったのは今振り返るに絶妙の判断であったと言えるでしょう。
駅舎12K
 [オリジナル画像] 620x331 33KB


東口11K
 [オリジナル画像] 613x418 33KB
これも東口です。手前側はロータリーを造成中。すぐそばまで民家がありますね。 画面中央あたりが現在の交番のあたりでしょうか。
やはり地の利(?)を生かした余裕ある駅前設計に今日の東戸塚の整然とした街並の原点を感じ取ることができます。


西口駅前(現在の駐輪場付近より消防署を望むあたり)ということです。
くらくらしてきました。一応整地されているようではありますが、50年前の写真と言っても通用しそうです。
西口8K
 [オリジナル画像] 640x320 19kB


コナカ前10K
 [オリジナル画像] 620x251 34KB
これは今も東口にある坂のひとつです。
なんと現在のコナカ前から平戸方面を望む写真です!
うおーっ
みなさん気を確かに!
造成前はやはり一面すすきだったそうです。


この坂は今はありません。
駅の真っ正面にあったようです。右側に写っているのはコナカ前の坂です。丘の上(旧東海道沿い)は思ったより木や竹が少ないですね、整地にあわせて伐採でもしたのでしょうか。そもそもなぜここに坂が存在したのか謎は深まります。
中央10K
 [オリジナル画像] 640x320 42KB


駅舎より16K
 [オリジナル画像] 619x415 51KB
最後は駅開通当時の構内より東口を望む写真です。
左下から右上に写っている上り坂はマック前の坂です。手前にはロータリーも写っています。
いかようにも街づくりができそうな大スペース!しびれますねー。
ただ、駅正面の1等地に一軒家が立っているのが泣かせます。それほど古い造りには見えません。まさかこうなるとは思わずに建ててしまったのでしょうか、どかされるとは知らずに…。でもこの空き地の開発工事が始まったのがつい最近なのは皮肉です。


当時の東戸塚周辺の状況ですが川上町商店街はにぎわっており、国道1号までの住宅街も存在していたそうです。
境木、平戸方面は以前から住宅街であったと聞きますし、名瀬もそうであったことを考えると、今の位置に駅を建設することにしたのは妥当な決定であっったのだろうと思います。またそこがすすきが生い茂るただの線路沿いであったということが今日の東戸塚の発展のキーポイントだったと思わずにはいられません。

◆◆◆

とにかく今からは想像もできない光景に驚きました。
私はどうしても長く住んでいた鶴ヶ峰を基準に考えてしまうのですが、当時私は中学生。そのころをそんな昔のこととも思わないし、鶴ヶ峰のごちゃごちゃした駅前はたいして変わっていない。それと比べると、まったく別の時代に撮ったようなこれらの写真!!
写真を見ていると当時の住民の期待感や驚きを想像しちゃいませんか?
ちょうど今は、西武/ダイエー工事で駅前の大空き地が大変身しているさなか。私達が今感じているわくわくした気持ちを当時の人達も感じていたと思うんですよ。

KERIKOU91さん本当にありがとうございました。


▲街の変化目次

HOME